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大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)31号 判決

大阪府吹田市江坂町四丁目二六番一三号

原告

山田福江

大阪府豊中市宮山町二丁目八番二二号

原告

山田和邦

大阪府箕面市箕面四丁目八番五一号

原告

細谷ひろ子

オーストラリア国ヴィクトリア州

シーアール・キュウ

フィンドン一一

原告

山田啓二

右原告ら訴訟代理人弁護士

谷戸直久

大阪府吹田市片山町三丁目一六番二二号

被告

吹田税務署長 山田喬

右指定代理人

小野木等

的場秀彦

湯田昭児

八木康彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が昭和六二年七月二三日付で原告らに対してした相続税に係る各更正のうち、別表1〈1〉の各「申告」欄記載の課税価格、納付すべき税額を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定(ただし、昭和六三年五月三〇日付異議決定、昭和六三年八月二五日付再更正等及び平成二年一月二二日付国税不服審判所長の裁決により一部取消がなされた後のもの)は、いずれもこれを取消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告山田福江(以下「原告福江」という。)は、亡山田輝夫(以下「亡輝夫」という。)の妻であり、原告山田和邦(以下「原告和邦」という。)、同細谷ひろ子(以下「原告細谷」という。)及び同山田啓二(以下「原告啓二」という。)はいずれも亡輝夫の子である。

2(一)  亡輝夫は、昭和六〇年六月二九日死亡し、亡輝夫を被相続人とする相続(以下「本件相続」という。)が開始し、原告ら相続人は、昭和六〇年一二月二七日別表1〈1〉各「申告」欄記載のとおり各相続税の申告(以下「本件申告」という。)をした。

(二)  被告は本件申告に対し、昭和六二年七月二三日付で、同表〈2〉各「更正等」欄記載のとおり更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下、右各更正及び過少申告加算税の賦課決定を「本件各更正等」といい、そのうち別表1〈2〉各「更正等」欄の「課税価格」及び「納付すべき税額」欄記載の各更正を「本件各更正」という。)をした。

(三)  原告らは、本件各更正等につき昭和六二年九月二二日付で被告に対し異議申立てをしたところ、被告は、昭和六三年五月三〇日付をもって原告福江、同和邦及び同細谷に対して同表〈3〉各「異議決定」欄記載のとおり本件各更正等の一部を取り消す旨の決定をし、昭和六三年八月二五日付をもって、原告啓二に対し、同表〈4〉「再更正等」欄記載のとおり本件更正等の一部を取消す内容の再更正等をした。

(四)  原告らは、昭和六三年七月一日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、平成二年一月二二日付をもって、同表〈5〉各「裁決」欄記載のとおり本件各更正等の一部を取消す旨の裁決をし、同裁決書の謄本は平成二年二月二日ころ原告らに送達された。

(五)  右原告ららの相続税の課税の経過及びその内容は、別表2ないし8記載のとおりであるが、本件各更正等は、亡輝夫の有限会社富士製作所(現・富士インパルス株式会社、以下「富士製作所」という。)への出資一二〇〇口(以下「本件出資」という。)の評価額が別表8「更正処分」欄記載のとおり三億〇四八三万八四〇〇円(一口当たり二五万四〇三二円)であるのに、原告らは、これを同表「申告」欄記載のとおり二億七二三九万二八〇〇円(一口当たり二二万六九九四円)とし、同表「更正額と申告額との差額」欄記載のとおり三二四四万五六〇〇円(一口当たり二万七〇三八円)過少に申告していることなどにより、課税価格を合計三四九七万〇八四六円過少に申告しているとして、別表七各「更正処分」欄記載のとおりの更正処分及び同表「賦課決定」欄記載のとおりの過少申告加算税の賦課決定をした。

二  争点

原告らは、本件各更正等における本件出資の評価が適正を欠くとして、本件各更正等の取消を求めているのであるが、本件で争点となっているのは、以下の点である。

1  本件出資一口当たりの純資産価額の計算に当たり、次のものの相続税評価額・帳簿価額を資産の部に計上すべきか、また、その金額如何。

(一) 建物附属設備

(二) 保証金

(三) 借家権

(四) 生命保険金請求権

2  本件出資一口当たりの純資産価額の計算に当たり、次のものの相続税評価額・帳簿価額を負債の部に計上すべきか、また、その金額如何。

(一) 社葬費用

(二) 死亡退職金

3  本件各更正等における過少申告加算税の賦課決定は適法か。

第三争点に対する判断

一  本件出資の評価方法について

1  評価基準について

相続税法二二条は、「相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による」と規定しているが、同法は、二三条ないし二六条の二で、地上権等数種の財産の評価方法を定めるほかは、具体的な評価方法を定めていない。

国税庁においては、国税庁長官の定める「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日付直資五六、直審(資)一七、ただし、昭和五八年四月八日付直評五、直資二-九六「相続税財産評価に関する基本通達の一部改正について」により改正、以下「評価基本通達」という。)により、各種財産の評価方法の統一的運用を図り、課税の公平を期していること、右評価基本通達では、一七八ないし一八九で取引相場のない株式の評価方法を定めており、これらの規定は一九四で有限会社の出資についても準用されていることは、いずれも当事者間に争いがない。

そうすると、本件出資の評価は、特段の事情がない限り、評価基本通達一七八ないし一八九の各規定によりするのが相当というべきである。

2  本件出資の評価方法について

(一) 次の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

(1) 評価基本通達一七八、一七九は、同族社員が取得した出資については、出資された会社が大会社、中会社、小会社のいずれに該当するかに応じて、一七九の定めによって評価するものとし、課税時期における出資額が一億円未満の卸売業以外の業種の有限会社で、直前期末における総資産価額(帳簿価額によって計算した金額)が五〇〇〇万円以上一〇億円未満、直前期末以前一年間における取引金額が八〇〇〇万円以上二〇億円未満のものは中会社に該当するものと定めている。

(2) 富士製作所は同族会社で、原告らは同族社員であり、富士製作所は、卸売業以外の業種であり、本件相続の相続税の課税時期である昭和六〇年六月二九日における出資金は二〇〇万円、同時期の直前期末である昭和五九年一〇月三一日における帳簿価額による総資産価額は七億九八二七万七五七一円、右直前期末以前一年間における取引価額は一〇億四三五七万九五六八円である。

(3) 評価基本通達一七九、一九四では、中会社の出資は左記算式により計算した金額によって評価するのが原則であるが、納税義務者の選択により、類似業種比準価額を一口当たりの準資産価額(相続税評価によって計算した金額)によって計算することができるものとされている。

類似業種比準価額×L+一口当たりの純資産価額×(一-L)

(4) 原告らは、本件申告において、本件出資一口当たりの相続税評価額の算出に当たり、右算出式中の類似業種比準価額を一口当たりの純資産価額(相続税評価によって計算した金額)によって計算する方法を選択した。

(二) したがって、本件出資は、一口当たりの純資産価額のみによって評価することになる。

3  出資一口当たりの純資産価額の評価方法について

評価基本通達一八五、一九四によれば、出資一口当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)は、課税時期における各資産を、評価基本通達に定める要領により評価替した価額の合計額から、課税時期における各負債の金額の合計額及び通達一八六-二により計算した評価差額(右のとおり、(1)評価基本通達により評価した資産の価額の合計額から同通達により評価した負債の合計額を控除した金額と、(2)課税時期における資産の帳簿価額の合計額から同時期の負債の帳簿価額の合計額を控除した金額との差額。以下「評価差額」という。)に対する法人税額等に相当する金額を控除した金額を、課税時期における出資口数で除して計算するものとされていること、ただし、昭和五八年五月二〇日付直評九、直資二-一六九「相続税、贈与税における取引相場のない株式(出資)の評価明細書の様式等の改正について」第四表1(4)によれば、原則として、課税時期において仮決算を行い、右の方法により、評価会社の出資の評価を行うべきであるが、評価会社が課税時期において仮決算を行っていないため、課税時期における資産及び負債の金額が明確でない場合に、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しい増減がないと認められるときは、課税時期における資産及び負債の金額を、〈1〉「相続税評価額」については、直前期末現在の資産及び負債を対象とし、課税時期に適用されるべき相続税評価基準を適用して計算した金額、〈2〉「帳簿価額」については、直前期末の資産及び負債の帳簿価額により出資一口当たりの純資産価額の計算をしてもよいとされている(以下、この評価方法を「直前期末法」という。)こと、原告らは、本件申告において、本件出資を後者の方法により評価していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  各争点について

1  建物附属設備について

(一) 富士製作所が、昭和五九年七月一〇日、訴外宮前佐一郎(以下「宮前」という。)から大阪府豊中市名神口一丁目一一の一八所在の建物(以下「本件建物」という。)を賃借する旨の契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結して、その引渡しを受け、本件建物に内部模様替及び電気工事等(以下「本件建物附属設備」という。)を行ったこと、右内部模様替及び電気工事等の内容及びその直前期末の帳簿価額が別表9記載のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

(二) ところで、相続税基本通達一一の二-一には、相続税法に規定する「財産とは、金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものをいうと定められており、ここでいう「財産」とは、独立して財産を構成し、取引の対象となるものと解するのが相当である。

原告らは、本件建物附属設備は、本件建物に附合しており、かつ富士製作所が本件賃貸借契約上、造作買取請求権及び有益費償還請求権を放棄しているのであるから、財産性がなく、相続税評価の対象とならず、したがって、帳簿価額も計上すべきでないと主張する。

しかしながら、別表9の「内容」欄記載の本件建物附属設備は、いずれも、造作又は造作に類するものであり、しかも、これらは富士製作所がその権原により付属させているものであって、少なくとも本件賃貸借契約が終了するまでは、同会社がこれを本件建物から取外し、撤去等を自由にすることができるものであり、右各物件の性質・態様からすれば、これらは本件建物から分離して独立の財産として取引の対象ともなり得るものというべきであるから、相続税法上の「財産」に当たるということができる。

(三) したがって、本件出資の評価においては、本件建物附属設備の相続税評価額を計上すべきであり、その評価方法については、建物附属設備の一般的評価方法を定めた評価基本通達九二(1)では、建物附属設備は家屋の価額に含めて評価するものとされているが、これは家屋の所有者自身が付加した建物附属設備であることを前提とするものであるから、本件建物附属設備のように賃借人が付加した建物附属設備の評価は右の定めによるべきではなく、同通達に評価方法の定められていない財産として、同通達五により同通達に定める評価方法に準じて評価すべきこととなるところ、右建物附属設備は結局動産とみるほかないから、同通達一二九に定める一般動産の評価方法によることとなる。そして、乙第六号証の二ないし九によれば、本件建物附属設備の相続税評価額は、別表9〈6〉の記載のとおり、合計一〇四三万八九一二円であると認められる。

2  保証金について

(一) 次の事実は当事者間に争いがない。

(1) 富士製作所は、本件賃貸借契約に際し、宮前に対し、敷金として一六二〇万円(以下「本件敷金」という。)を交付した。

右契約には、本件敷金の返還につき、以下のような特約がある。

〈1〉 明渡しまでの賃貸期間が七年以内のときは、敷金のうち七二四万円を差し引いた八九六万円を返還する。

〈2〉 明渡しまでの賃貸期間が一〇年以内のときは、敷金のうち四〇四万円を差し引いた一二一六万円を返還する。

〈3〉 明渡しまでの賃貸期間が一〇年以上のときは、敷金のうち二割の三二四万円を差し引いた一二九六万円を返還する。

(2) また、富士製作所は、本件建物とは別に、訴外山田信一から東京出張所の建物を貸借し、その際、同契約の終了により同建物の明渡しを終えたときには、全額返還を受けるとの約定の下に、敷金一〇〇万円を差し入れた。

(二) まず、相続税評価において、本件敷金のうち保証金として計上すべき金額につき、原告らは、貸借期間のいかんにかかわらず返還されるべき八九六万であると主張し、被告は、これに時の経過により返還されることとなる四〇〇万円を加えた一二九六万円であると主張している。

原告らは、相続税法上の「財産」とは、金銭に見積もることができる経済的価値のあるもの(相続税基本通達一一の二-一)をいうのであるから、本件出資の相続評価の対象となる金銭債権は、評価の時点において確定していることが必要であって、将来の不確定債権はこれに含まれないとして、直前期末に契約期間が七年を超えていない(本件賃貸借の締結は昭和五九年七月一〇日、評価時点は昭和六〇年六月二九日である。)本件賃貸借契約の保証金として計上すべき金額を右のとおり主張するのであるが、金銭に見積もることができる経済的価値を有するものであることを要するというのは、相続税評価の対象の問題であって、このことから直ちに相続税評価額の決し方が導き出されるわけではない。右相続税評価は、本件敷金の経済的価値をいかに評価するかの問題であるが、本件賃貸借契約は右評価時点において終了せず、なお継続して存続することが予定されていたのであるから、右評価は、継続中の右賃貸借契約における敷金返還請求権の経済的価値を評価すべきであり、したがって、その評価額を評価時に解約された場合に返還される八四六万円だけに限定するのは相当でなく、返還されるかどうか未確定な四〇〇万円の経済的価値についても考慮しなければならないというべきである。ちなみに、右四〇〇万円の経済的意味は、長期間を予定した賃貸借契約が短期で終了した場合には、賃貸人において予期した安定的収入が得られず、また、新たな賃貸借契約に供えて賃貸借物件の補修、改造などの費用を要することから、その損害を補填する趣旨のものと考えられる。

そして、本件賃貸借契約の性質・内容や敷金の右のような経済的実体に照らすと、右四〇〇万円は、不払賃料等の支払に充てられるまでは、賃貸借契約存続の期間の長短を問わず、評価基本通達二〇四にいう貸付金債権等に当たるものとして評価すべきであり、したがって、本件敷金の相続税評価額は右四〇〇万円と八九六万円の合計一二九六万円となり、その結果、保証金の相続税評価額は、これに東京出張所の建物に係る一〇〇万円を加えた一三九六万円となる。

(三) 次に、帳簿価額についてであるが、原告らは、企業会計は商法に基づいてなされるから、商業帳簿も商法に基づき作成されるものであるところ、商法二八五条の四第一項により条件付債権は金銭債権として評価することはできないものとされているから、本件敷金の帳簿価額に返還されることが不確定な四〇〇万円を含めることは許されず、その帳簿価額は、貸借期間のいかんにかかわらず返還されるべき八九六万円であると主張する。

しかしながら、前記一3記載のとおり、出資の評価において、帳簿価額は、資産の相続税評価額から控除すべき評価差額に対する未納法人税額等を算出するために計上されるのであるから、その価額は、直前期末の決算に帳簿価額として現に計上されている金額を計上すべきであるところ、右金額が、本件敷金の全額一六二〇万円であることは当事者間に争いがない。ただ、後記のとおり、本件敷金のうち賃貸借期間の長短にかかわらず返還されないことが確定している三二四万円は、保証金としてでなく、借家権として計上すべきであるから、本件賃貸借の保証金の帳簿価額としては、これを控除した一二九六万円ということになる。なお、このように、直前期末において、保証金として一括計上されている一六二〇万円の帳簿価額を、借家権三二四万円と保証金一二九六万円に分離計上することが可能なことは、後述のとおりである。

したがって、保証金総額の帳簿価額は、これに東京出張所の建物に係る一〇〇万円を加えた一三九六万円となる。

3  借家権について

(一) 本件敷金のうち賃貸借期間の長短にかかわらず返還されない三二四万円について、被告はこれを相続税評価としては評価額〇円として計上し、帳簿価額として三二四万円を計上すべきであると主張し、原告らは、右三二四万円は、賃借人の債務の担保となるものであって、権利金ということはできないし、仮に権利金であったとしても、これをもって借家権が存在するものということはできず、また、借家権であるとしても借家権には財産性がないとして、その相続税評価額も、帳簿価額も計上すべきでないと主張する。

しかしながら、右三二四万円は、返還されないことが確定しているのであるから、この部分は賃借人が賃貸人に支払うべき債務の担保となっているものではなく、賃借権設定の対価とみるべきであって、権利金たる性質を有するものであり、したがって、右三二四万円の支払によって、富士製作所は借家権を取得したというべきである。そして、借家権は、借地権ほどには法的に確立した権利とはいえないものの、一般社会においては、借家権の譲渡が行われたり、借家権の取得が権利金を支払って行われたりしているという実態があり、また、権利金は、法人税法施行令一四条一項九号ロにより法人税法上繰延資産とされているが、同号の資産は、商法上の繰延資産のように資産性の乏しいものではなく、むしろ無形固定資産に準ずるものであって、財産性を有するものである。

したがって、本件出資の評価においては、右三二四万円の支払によって富士製作所が本件建物につき借家権を取得したものとしてこれを資産に計上すべきであるが、評価基本通達九五では、借家権は、その取引慣行のある地域を除き、相続税の課税価格に算入しないこととされているところ、弁論の全趣旨によれば、本件建物のある大阪府豊中市名神口一丁目一一の一八は借家権の取引慣行のない地域にあることが認められるから、その相続税評価額は〇円ということになる。

(二) また、その帳簿価額は、右借家権の取得価額である三二四万円とすべきである。なお、富士製作所は、直前期末の決算において、右三二四万円を借家権価額としては計上していないが、他方、前記のとおり本件敷金全額一六二〇万円を一括して保証金として計上しているのであるから、本件出資の評価をする上で、資産の相続税評価額から控除すべき評価差額に対する未納法人税額等を算出するために計上される帳簿価額において、本件敷金のうち三二四万円を借家権として分離して計上し、残る一二九六万円を本件賃貸借契約の保証金として計上することも許されるというべきである。

4  生命保険金請求権及びこれに伴う保険料・未納法人税について

(一) 富士製作所が、本件相続税の課税時期の直前期末(昭和五九年一〇月三一日)前の昭和五九年八月一日、安田生命保険相互会社(以下「安田生命」という。)と被保険者を亡輝夫、保険事故を同人の死亡、保険金受取人を富士製作所とする二〇〇万円の定期保険契約(保険料掛捨てのもの。)を締結したこと、右直前期末後の昭和六〇年二月一日、三井生命保険相互会社(以下「三井生命」という。)と被保険者、保険事故、保険金受取人を同じくする五〇〇〇万円の養老保険契約(満期返戻金のあるもの。)を締結したことは、当事者間に争いがない。

そして、前記のとおり、昭和六〇年六月二九日に亡輝夫が死亡したことにより、富士製作所は、同日、右各保険契約に基づく保険金請求権(以下「本件保険金請求権」という。)を取得した。

(二) 前記一3記載のとおり、出資の評価につき、直前期末現在の資産及び負債を対象として行う直前期末法が評価基本通達により認められており、原告らは、本件申告において、本件出資を直前期末法により評価している。

原告らは、直前期末法は、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しい増減がない場合に、直前期末の資産及び負債だけを対象として評価を行う代替的方法であって、右要件が備っている限り、その後の課税時期までの間の資産及び負債の増減は無視されるべきであるから、直前期末に存在しない本件保険金請求権は本件出資の評価をする上で資産として計上すべきでないとして、昭和五八年五月二〇日付直評九、直資二-一六九「相続税、贈与税における取引相場のない株式(出資)の評価明細書の様式等の改正について」第四表1(4)注2の「被相続人の死亡により評価会社が生命保険金を取得する場合には、その生命保険金請求権(未収保険金)の金額を資産の部の相続税評価額欄及び帳簿価額欄のいずれにも記入する。」とする通達の定め自体誤りであり、仮にこれを有効とするにしても、少なくとも、直前期末までに生命保険契約が成立している場合にのみ、適用があるものと解すべきであると主張する。

しかしながら、直前期末法は、課税時期において仮決算をすることは困難な場合が多く、他方、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しい増減がないときには右の両時点における資産及び負債の金額(相続税評価額と帳簿価額。この項において、以下同じ。)に近似性が認められることから、直前期末における資産及び負債の金額を課税時期における資産及び負債の金額とみなして行う便宜的方法であり、この評価方法を採った場合にも、評価の対象は、あくまで、課税時期における資産及び負債と解すべきであって、これが直前期末の資産及び負債に限定されるものとする理由はない。

そして、直前期末の資産及び負債の金額と課税時期における資産及び負債の金額に近似性が認められるのは、会社の通常の営業活動を前提としてのことであるから、被相続人の死亡に伴い評価会社に発生する生命保険金請求権のように、会社の通常の営業活動とは別個の原因から生じ、かつ、仮決算を行わなくとも容易に計上することができる資産があるときには、それが直前期末までに成立している生命保険契約によるものか否かにかかわらず、直前期末の資産とは別に、その生命保険金請求権を資産に計上するのが相当というべきである。

(三) なお、原告らは、生命保険金請求権を資産として計上するならば、生命保険金請求権取得の基因となる支払保険料を負債に計上しなければならないことになる(被告は、当初これを負債として計上すべきものと主張していたが、平成三年三月六日の第五回口頭弁論において、右主張を撤回し、これを負債として計上すべきでないとしている。)とも主張している。しかしながら、富士製作所が安田生命と締結したような、役員又は使用人を被保険者とし、死亡保険金の受取人を当該法人とする定期保険は、当該役員又は従業員の死亡により生ずる当該会社の営業収益上の打撃を補填することを目的として締結されるものであるから、その支払保険料は、その事業年度の営業収益全体に対応する費用ないし損金とされるべきものであり、保険金請求権取得のための個別的な必要経費として負債に計上するべきではない。また、被保険者、保険事故、保険金受取人を同じくするものであっても、富士製作所が三井生命と締結したような、養老保険契約については、その支払保険料は、保険事故の発生又は失効により当該保険契約が終了する時までは、保険積立金として資産に計上されることとなるが、被保険者が死亡し、当該法人が生命保険金請求権を取得したときには、保険積立金は返戻されないことになるから、生命保険金請求権を資産として計上し、資産の二重計上を避けるために右保険積立金の額を負債として計上することとなるところ、前記のとおり、本件の三井生命の養老保険は、直前期末後に締結されたものであって、直前期末において保険積立金は資産として計上されておらず、資産の二重計上という問題は生じないから、その支払保険料も、改めて負債に計上する必要はないことになる。

(四) 原告らは、生命保険金請求権を資産に計上するとすれば、これに対する未納法人税等相当額を負債に計上すべきであると主張しており、この点は、原告らの主張するとおりである。

ところで、後記のとおり、出資の評価における純資産価額の計算において、死亡退職手当金も、負債として計上されることになるのであるが、右生命保険金請求権の法人税等相当額の計算においては、その課税時期に支給が予定されている死亡退職金の金額を控除しなければ、評価法人が現実に負担する法人税額等と著しく乖離した金額が未納法人税等として計上されることになる。そこで、このような場合、生命保険金請求権の金額から死亡退職金の金額を控除した差額に課される法人税等相当額を負債として計上すべきこととなるが、本件においては、前記のとおり生命保険金請求権の額が合計五二〇〇万円であるのに対して、死亡退職金の額は後記のとおり一億円であり、生命保険金請求権の金額から死亡退職金の金額を控除した差額はマイナスとなるから、結局、本件出資の評価においては、右生命保険金請求権から控除すべき法人税等相当額を計上する必要はないことになる。

5  社葬費用及び死亡退職金について

(一) 社葬費用

(1) 富士製作所が亡輝夫の社葬費用として一〇三七万五八三一円を支払ったことは当事者間に争いがない。

(2) 社葬費用は、被相続人の死亡後に発生する負債であって、相続開始時すなわち被相続人死亡時に存在する負債ではないが、相続税法一三条一項二号が、個人が営む葬式費用を相続財産の課税価格の計算上負債として控除することとしていることの権衡上、評価会社の資産評価の際にもこれを考慮するのが合理的である。

そして、直前期末法による場合にも、社葬費用は、比較的高額なものとなることが多く、これを負債として計上するのが、相続開始時の評価会社の資産を適正に評価する上で合理的であり、しかも、社葬費用は、評価会社の役員又は従業員の死亡という通常の営業活動とは別個の原因から生ずる負債であり、仮決算を行わなくとも容易に計上することができるものであるから、4(二)において、生命保険金請求権について判示したと同じく、これを負債として計上するのが相当というべきである。

(二) 死亡退職金

(1) 富士製作所が亡輝夫の死亡退職金一億円を原告らに支払ったことは当事者間に争いがない。

(2) 死亡退職金も、課税時期に確定している債務ではないから、本来は、出資評価の前提となる評価会社の純資産価額を算出するについての負債とはならない。しかしながら、相続において、死亡退職金は、相続財産に含まれないが、実質上、相続によって財産を取得したのと同視すべき関係にあることから、相続税法三条一項二号により、相続又は遺贈により取得したものとみなされ、相続税の課税価格に算入されて、相続財産として課税されるため、これを評価会社の純資産価額の計算において、負債に計上しなければ、実質上の二重課税を生ずることになる。そこで、このような二重課税を防止する必要上、出資の評価における純資産価額の計算において、死亡退職手当金は負債として計上されるのである。

そして、直前期末法による場合にも、死亡退職金は、社葬費用と同様、比較的高額なものとなることが多く、これを負債として計上するのが、相続開始時の評価会社の資産を適正に評価する上で合理的であり、しかも、死亡退職金は、評価会社の役員又は従業員の死亡という通常の営業活動とは別個の原因から生ずる負債であり、仮決算を行わなくとも容易に計上することができるものであるから、これを負債として計上するのが相当というべきである。

6  小括

以上のとおりであるから、本件出資一口当たりの純資産価額は、別表10〈11〉記載のとおり二五万六四一〇円となり、右金額を前提として、本件相続による原告らの相続税の課税価格を計算すると、右金額は別表11〈4〉「課税価格」欄記載のとおりであり、また、その納付すべき税額も同表〈15〉「各人の納付すべき税額」欄記載のとおりとなるのであって、本件各更正は、右金額の範囲内でなされており、適法な処分ということができる。

7  過少申告加算税について

原告らは、本件各更正は、いずれも理由がないから、原告らが過少申告加算税の賦課決定を受ける理由はなく、また、仮に本件各更正の全部又は一部に理由があるとしても、前記各争点に関する被告の主張は、変転を繰返しているのであるから、原告らには国税通則法六五条四項に定める過少申告加算税を賦課されない「正当な理由がある」と主張する。

しかしながら、前記1ないし6に述べたとおり、本件各更正は適法なものであるから、原告らには国税通則法三五条二項の規定により、本件各更正に従った税額(ただし、異議・裁決により一部取消された後のもの)を納付すべき義務があり、したがって、本件過少申告加算税賦課決定は同法六五条一項により適法なものということができる。

次に、国税通則法六五条四項に定める「正当な理由」についてであるが、これは、申告当時適法とみられた申告が、その後の事情の変更により、納税者の故意過失に基づかずして過少申告となった場合のように、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、このような納税者に過少申告加算税を課すことが不当、若しくは酷になる場合を意味するものと解すべきところ、前記各争点に関しては、確かに被告の主張に変転はあるが、次に述べるとおり、これをもって右「正当な理由」があるとすることはできない。

(一) 被告は、当初支払保険料の負債計上を主張し、後にこれを計上しないことに主張を変更しているが、原告らはもともと、これを計上すべきでないと主張しているのであり、被告の右主張の変更は、原告らの主張と一致したものにすぎないし、また、これを負債に計上したとしても、本件各更正が適法であるとの前記判断に影響を来すことはない(被告第一、第三準備書面参照)。

(二) 建物附属設備の当初の帳簿価額の一部を、富士製作所所有建物の附属設備の価額として、建物の帳簿価額に振替えているが、その合計額に変更はない。

(三) 被告は、建物附属設備の相続税評価額を当初〇円としていたのを一〇四三万八九一二円とし、保証金の相続税評価額を当初九九六万円としていたのを一三九六万円とし、当初計上していなかった借家権を相続税評価額を〇円、帳簿価額を三二四万円として計上するに至っているのであるが、これらの主張の変更がなかったものとして、本件出資一口当たりの純資産価額を計算しても、少なくとも本件各更正により認められた相続税額(ただし、異議・裁決により一部取消の後のもの)は原告らに生じる。

したがって、原告らの前記主張は採用できない。

(裁判長裁判官 福富昌昭 裁判官 川添利賢 裁判官 安達玄)

別表1

〈省略〉

別表2 相続税の課税の経過(山田福江)

〈省略〉

別表3 相続税の課税の経過(山田和邦)

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別表4 相続税の課税の経過(山田啓二)

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別表5 相続税の課税の経過(細谷ひろ子)

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別表6 相続税の総額の計算明細

〈省略〉

別表7(その1)

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別表7(その2)

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別表8 有限会社富士製作所に係る出資1200口の評価

〈省略〉

別表9 建物附属設備の相続税評価額及び帳簿価額

〈省略〉

別表10

出資一口当たりの純資産価額《相続税評価額》の計算明細書

〈省略〉

別表11

原告らの相続税額及び過少申告加算税額の計算明細書

〈省略〉

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